これらの企業のなかには、過去にデリバティブ取引の経験はおろか、短期の為替予約取引すら経験したことのない企業も相当数含まれており、企業側が為替変動のリスクをどこまで把握していたのか、また、金融機関側も当該企業の実情をどこまで把握して取引の提案をしたのか疑問のあるケースも多く、そのようなケースは、金融ADRや訴訟に持ち込まれた後、金融機関側が解約清算金の一部を負担する内容での和解が多数成立しています(全銀協やFINMACのウェブサイトには,為替デリバティブ取引契約に関する紛争解決事例が掲載されているので参考にしてみてください。)。
オプションを売買する為替デリバティブ取引には、プレーンバニラ(チョコなどの混ざりモノのないアイスクリームのように,純粋な商品という意味)と呼ばれる単純な商品(取引の時期及び回数と予約レートのみを合意してオプションの取引をしていくもの)から、予約レートを引き下げる替わりに、特約で円高時における企業の外貨買い取り額を2倍、3倍にするものや、買取り価格にギャップを設けて円高時の企業の支払額を膨らませるものまで、多種多様な商品があります。それらは、取引相手の企業の実情やニーズにあわせて設計されていれば、為替変動リスクに対する有効なヘッジ取引になり得るものかもしれませんが、結果的に、企業にとって過大なリスクを負担させていると思われる取引も少なくありません。
また、このような特約のないフラットな契約であっても、長期間にわたって予め固定したレートで数十回も外貨と円の売買をすることを予約すること自体、経営基盤の不安定な中小企業にとってはひとつのリスクにほかなりません。それにもかかわらず、この手の為替デリバティブ取引は、原則として企業からの中途解約は認められていません。損失拡大防止のため取引から離脱する機会が制限されているのです。金融機関が任意に中途解約に応じる場合には解約清算金が発生することになっていますが、その算出方法は開示されませんので、適正さの検証はできないのが実情です。
このように、為替デリバティブ取引には、金融取引に対する知識経験が十分とはいえない中小企業を対象として金融機関が大量に販売するにはふさわしくない要素が多く含まれており、控え目に言っても取引相手を慎重に選ばなければならない金融商品であることは間違いありません。
金融ADRによって為替デリバティブ取引による損失に苦しむ企業が救われるのは喜ぶべきことですが、過去の解決事例を見聴きする限り、為替デリバティブ取引自体に内在する危険性や金融機関の説明義務違反の有無についてつっこんだ議論がなされるのはまれで、金融機関の契約提案時における企業の為替リスクのヘッジニーズの調査が十分だったと言えるか、企業が損失の負担に耐えられない規模の取引ではなかったかという点のみクローズアップされて、和解のあっせんがなされているのが実情のようです。
金融ADRでは、あっせん委員が関係者の事情聴取や提出された資料を調査することはできますが、裁判所のように証拠調べに基づく争点の判断はできないという制約があるため、紛争解決方法にもおのずと限界があるのです。
為替デリバティブ取引自体の危険性や説明義務違反の有無を本当の意味で争うには、現状では訴訟を選択するしかありません。過去の事例を見る限り、金融ADRではよほどの事情がない限り、過去に実現した損失を取り戻せる可能性はほとんどありません。
とはいえ、預金や融資の取引を行っている銀行等の金融機関相手に訴訟ができる企業は限られています。取引のある金融機関と好んで訴訟をする企業はいませんし、為替差損で苦しいのに訴訟追行に多額の時間と費用をかけられる余裕のある企業は少ないでしょう。そういった意味では、訴訟ほど金融機関と敵対せずに済み、結論が得られるまでの期間が短く(概ね半年程度が目安)、手数料も僅少もしくは無料の金融ADRは、企業にとって使い勝手がよい手続といえ、新規申立件数が伸びている理由もこのあたりにあると推測されます。
訴訟と金融ADR、または他の紛争解決方法(裁判所の調停や弁護士会など他の機関のADRなど)のいずれを選択し、また選択できるかについては、企業の置かれた状況に応じた慎重な検討が求められます。最近は為替デリバティブや金融ADRについて解説した雑誌や専門書も増えてきました。心当たりのある企業は、手遅れにならないうちに検討を始めてはいかがでしょうか。
なお、全銀協の金融ADRは、上記の為替デリバティブ取引のような金融機関との金融商品の取引にかかる紛争だけでなく、預金取引、融資取引とこれに伴う連帯保証契約といった本来の銀行業務にかかる紛争についても広くあっせんの申立を受け付けています。これらの取引でお困りの方は、訴訟に代替する紛争解決手段としての利用を考えてみてください。
2011年11月20日 樽本 哲