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店舗経営委託契約と建物賃貸借契約
 テナントビルの一室にて飲食店や物販店が営業されるに際し、建物賃貸借契約ではなく、経営委託契約の形式がとられることがあります。たとえば、XからYに対し、スーパーマーケット内のパン売場について、同売場でのパンの製造販売の業務委託契約がなされていた場合、これが形式通り単なる業務委託契約なのか、あるいは、実質的に建物賃貸借契約なのかが問題となります。つまり、実質的には建物賃貸借契約であるとされると、更新拒絶するには借地借家法28条の正当事由が必要となり、容易に更新拒絶することができなくなります。委託側としては、借地借家法28条の適用を回避するために、あえて業務委託契約とするわけです。

 東京地裁平成8年7月15日判決(判例時報1596号81頁)は、受託者側であるYが、長年にわたり独自の経営判断と計算においてパンの製造販売を行ってきたこと、委託者側であるXが売場部分の提供の対価として保証金や歩合金を取得していたこと等を理由に、当該契約が建物賃貸借契約に該当すると判じました。

  一方、大阪地裁平成4年3月13日判決(判例タイムズ812号224頁)は、通常賃貸借契約に付随する権利金や敷金等の授受がないこと、委託者側の取得する金員が売上金の割合をもって定められていること、売場の設定・変更等において委託者側の強い権限が及んでいること等を理由に、建物賃貸借契約には該当しないと判じました。

 上記2つの裁判例は結論が分かれていますが、裁判所が重視しているのは、対価の性質(賃料の性質かどうか)、敷金・保証金の有無、委託者と受託者の経営権限の関係のようです。業務委託契約と建物賃貸借契約のいずれに該当するかは、委託者・受託者いずれにとっても重大な問題となります。契約書の名称に関わらず、その趣旨を予め明確にしたうえで十分に検討し、契約終了時のリスクを考えておく必要がありそうです。

 2012年7月9日

弁護士 町田裕紀

優越的地位を“濫用しない”ための処方箋③

優越的地位の濫用に関する連載第3週(最終回)です。優越的地位の濫用に関して,自社が問題を起こさないための対処法について,対取引先との関係と社内マネジメントの両面から考察しています。なお,記述中には執筆者の私見が含まれておりますので,悪しからずご了承ください。

5.優越的地位を“濫用しない”ためのポイント

優越的地位の濫用行為の要件を丁寧に検討してみることで,優越的地位を“濫用しない”ために意識すべきポイントがいくつか見えてきました。

(1) 自己の市場における地位など客観的な事情を把握するだけでなく,取引先の事業規模や自己との取引を希望する理由などの背景事情を分析しておくこと
→相手方の事業内容を分析し,取引の相手方として相応しい規模を有するか,自己との取引に過度に依存させないための適正な取引形態,取引額はどの程度かの評価を行う
→取引先に課す不利益がどの程度なら公正な競争秩序の維持・促進という観点から許容され得るものであるかを適切に判断する

(2) 取引先との契約交渉により適切な合意を形成すること
→相手方に不利益を強いる内容については,相手方に予見可能性を与え,恣意的な運用がなされないように,その条件や判断基準を明確に規定する

(3) 実際の現場で誤った運用がなされないように社内体制を整備すること
→ルールづくり、研修等による周知、モニタリング

 これらのポイントを実際の業務に取り込み,担当者のレベルまで落とし込んでいくことが経営者のなすべきことです。
参考までに,現場への落とし込みを図るひとつの方法として,PDCAサイクルの考え方に基づいた対処法を紹介しておきます。

① まずは,各部署で取引の相手方,当社との力関係,個々の契約内容についておおまかに洗い出しを行いましょう。このとき,仕入・購買,販売・営業の両面から自社の取引を確認するようにしてください。冒頭で見たとおり,優越的地位の濫用行為は購入と販売のどちらの取引も問題となり得るからです。

② ①と並行して,現場で用いることのできるマニュアルを整備します。法律上の細かい要件を羅列しても意味がありません。上記のガイドラインを参考に,自社の事業内容や①で情報収拾した取引の形態に応じて,違法になりそうな契約や要請の具体例を拾い出すことから始め,徐々に充実させるとよいものができるでしょう。どの程度,どういう方法なら取引先に要求してもよいのか,なにが違法になるのかについて,現場である程度の判断ができる程度になればしめたものです。

③ マニュアルができてきたところで,研修や勉強会を行い,社内の共有知にする努力をしてください。外部から講師を招いて過去の摘発事例や他社の取り組みについて研究するのもよいでしょう。これらは定期的に行っていく必要があります。

④ いよいよ自社の個々の取引について,担当者からのヒアリングや内部チームの調査によって優越的地位の濫用と判断されるおそれの有無を確認していきます。①で行ったよりも詳細な調査を行い,マニュアルをもとにリスクの芽をつみ取っていきましょう。重要なのは取引の実態を把握することです。契約書がなかったり,契約書があっても実際の運用で守られていなかったりすることは往々にしてあります。可能であれば,取引先からもヒアリングを行いたいところです。

⑤ 従業員の通報窓口や取引先の苦情相談窓口を設置することも有効です。公取委は,違法行為の類型ごとに相談・申告窓口を設けています。公取委の摘発事例のうちの相当部分は内部者からの情報提供や取引先からの匿名通報だという声もあります。会社が問題を把握する前に取引先がこの制度を使って公取委に違法行為の申告をすることを避けるためにも,社内向け通報窓口や取引先からの相談窓口を設けておき,できる限り社内で問題を発見し,解決できる体制を取っておくことはたいへん有効です。

⑥ 問題点が見つかったら放置せずに改善する方法を考えなければなりません。ガイドラインを参考に,違法にならないための条件を満たすにはどうすればよいのか,知恵を絞りましょう。具体的に相談したい事項が出てきたときは,外部の専門家である弁護士などを利用してもよいでしょう。見つかった問題点やその改善結果はすぐに社内で共有し,問題の拡大や再発防止に役立ててください。

 以上のサイクルをぐるぐると回していくことで,徐々に社内の意識は高まり,担当者にも違法行為とそうでない行為の判断力が備わってきます。違法との意識のないまま取引先に不利益を押しつける,逆に法律違反を気に掛けて正当な要求であるにもかかわらず取引先に伝えることを躊躇するということが減り,取引の健全性が高まるでしょう。
日常の業務をこなしながら,これだけの対応をすることは大きな負担となりますが,コンプライアンス違反によるインパクトはそれを上回ります。実現できれば大きなメリットを享受できると信じて,是非取り組んでいただきたいと思います。

さて,これまで述べたことは平時における事前の防止策であり,非常時には別の対処法が求められます。

公取委から事実関係の報告要請や警告が来たら?

取引先から過去の違法行為を理由に損害賠償請求がなされたら?

冒頭で見たように,優越的地位の濫用に該当するか否かは,個別具体的な事情のもとで濫用と評価できる不当な行為があったかどうかについての実体的な判断を要します。また,違法の疑いの強いケースでも,自社の正当性を主張し,違法行為が行われた期間や取引の範囲について争う余地が大いにあります。
日頃から備えを怠らず,非常時にも慌てずに対応できる体制を作っておきたいですね。

平成24年4月23日  樽本 哲

優越的地位を“濫用しない”ための処方箋②

優越的地位の濫用に関する連載第2週です。優越的地位の濫用に関して,公取委のガイドラインを参考に,違法行為と適法行為の判断基準について解説しています。なお,記述中には執筆者の私見が含まれておりますので,悪しからずご了承ください。

3.公取委のガイドライン~「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」の考え方

優越的地位を濫用しないための具体的な対処法を考えるに当たっては,独禁法第2条9項5号に規定された違法行為類型への該当性以外の要件について,もう少し詳しく見てみる必要があります。
この点について,公取委はどういう見解でいるのでしょうか。平成22年11月30日付「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」という公取委の解釈基準(以下「ガイドライン」といいます。)を見てみましょう。

ガイドラインによると,「甲が取引先である乙に対して優越した地位にあるとは,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙が受け入れざるを得ないような場合」をいい,次の個別具体的な事情を考慮してその有無が判断されます。

・甲の乙に対する取引依存度

取引依存度=

乙の甲に対する売上高
乙全体の売上高

・甲の市場における地位

甲の市場におけるシェアの大きさ,その順位等

・乙にとっての取引先変更の可能性

他の事業者との取引開始や取引拡大の可能性,甲との取引に関連して行った投資等

・その他甲と取引することの必要性を示す具体的事実

甲との取引の額,甲の今後の成長可能性,取引の対象となる商品又は役務を取り扱うことの重要性,甲と取引することによる乙の信用の確保,甲と乙の事業規模の相違等

以上の事情があるときは,乙は甲と取引を行う必要性が高くなり,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすいと言えますので,甲の乙に対する優越的地位が認められやすくなります。

そして,ガイドラインによれば,「優越的地位にある行為者が,相手方に対して不当に不利益を課して取引を行えば,通常,「利用して」行われた行為であると認められる」とありますので,事業者の側で優越的地位を利用していないこと(優越的地位とは無関係に取引がなされたこと)を立証できない限り,利用の事実が推認されてしまいます。
この推認を覆すための立証のハードルは相当高く,取引の相手方に不利益を課す内容の契約書が存在するだけでは足りず,取引の相手方の全員が,「全く任意に契約を締結して喜んで取引を継続しています。」という内容の証言でもしてくれない限り,推認を覆すことは困難であると考えられます。
なお,ガイドラインに記載された違法の疑いの強い行為の<具体例>では,業界第2位のコンビニエンス・ストア・チェーンや総資産額第1位の銀行などが取引先との関係で優越的地位にある者とされていますが,過去には,これらよりも小規模の事業者でも排除措置が命じられた例がありますので,要注意ですね。

上記のとおり,優越的地位は,自己の側の事情だけでなく,取引の相手方の事情,および相手方との取引実態も考慮されますので,対処法を考えるに当たって,自己の市場における地位や今後の成長見込みを把握するだけでは足りず,個々の取引の相手方の事情を十分に把握し,分析しておくことが求められます。

4.公取委のガイドライン~「正常な商慣習に照らして不当に」の考え方

この点はガイドラインの記述が短いので全部引用します。

「正常な商慣習に照らして不当に」という要件は,優越的地位の濫用の有無が,公正な競争秩序の維持・促進の観点から個別の事案ごとに判断されることを示すものである。ここで,「正常な商慣習」とは,公正な競争秩序の維持・促進の立場から是認されるものをいい,現に存在する商慣習に合致しているからといって,直ちにその行為が正当化されることにはならない。

つまりは,事業者の行為が,公正な競争秩序の維持・促進という観点からみて許容されるか否かによって,優越的地位の濫用の有無が判断されるということです。

上記1.のイからハの各行為は,経験的に違法と判断される可能性の高い行為が類型化されたものですので,これらのいずれかに該当したときは行為の不当性が強く疑われることになります。

しかし,商取引は本来私的自治が支配する世界です。ある取引が一方の当事者にとって多少不利益であったとしても,当事者が納得のうえで行っている以上は,国家が制限する理由はありません。相手方にとって不利益となる取引であっても,それを負担することによって相手方の商品又は役務の販売促進につながるなど,相手方がその負担に見合うだけの利益を享受できる場合や,債務不履行や瑕疵の存在など,相手方に不利益が課せられてもやむを得ない事情がある場合には,双方の合意のもとに実施されている限り,公正な競争秩序の維持・促進という観点からは許容されるべきです。
ガイドラインも同様の見地から,上記1.のイからハの各行為に該当する場合であっても優越的地位の濫用の問題とならないケースがあることを認めています。どのような事情があれば取引先に課す不利益が許容されると考えてよいのかについて解説していますので,ぜひご活用ください。

平成24年4月16日  樽本 哲

優越的地位を“濫用しない”ための処方箋①

独禁法第19条の禁止する不公正な取引方法のひとつに優越的地位の濫用という行為があります。今回はこの優越的地位の濫用に関して,自社が問題を起こさないためにはどうすればよいかを,3週間の連載形式で考えてみようと思います。

第1週の今回は,優越的地位の濫用に関する法規制と過去の摘発事例について簡単に解説しています。なお,記述中に執筆者の私見が含まれておりますので,悪しからずご了承ください。

 

1.定義

 

まずは定義からおさらいしていきましょう。優越的地位の濫用とは,「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に」独禁法第2条9項5号に該当する行為をすることをいいます。具体的には次の行為です(下線部分は条文の引用です。)。

 

 商品や役務を購入させる行為

継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して,当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること

 経済上の利益を提供させる行為

継続して取引する相手方に対して,自己のために金銭,役務その他の経済上の利益を提供させること

 返品,代金減額等を強要する行為

取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み,取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ,取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ,若しくはその額を減じ,その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し,若しくは変更し,又は取引を実施すること

 

条文の規定ぶりからも分かるとおり,事業者が取引先に対して上記イロハのいずれかの行為を形式的に行ったというだけで独禁法違反に問われるわけではありません。「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用」すること,その利用が「正常な商慣習に照らして不当」であることの2つが要件となっています。どうでしょう。このあたり,対策を練る上でのポイントになりそうな気がしませんか?

対策の中身については後で検討するとして,対策が間に合わずに事件になってしまった事例を見てみましょう。

 

2.課徴金事例

 

公取委が優越的地位の濫用行為を行った事業者に対して課徴金納付命令を発令できるようになった(※法律上は「命じなければならない」となっています。)のは,平成21年改正独禁法の施行日である平成22年1月1日以降のことです。

平成22年中に発令された例はありませんでしたが,その後,執筆時現在までで,小売業者3社(外資系玩具販売店,地域大手食品スーパーおよび業界第2位の家電量販店)に対して同命令が発令されています。一部は事業者側が争って審判になっているようですね。公取委のウェブサイトにこれらの事件の報道発表資料が掲載されていますので,興味のある方は探してみてください。

 

これらのケースは,かなり名の通った規模の大きい小売業者(*1)が摘発の対象とされたことや,制度変更後の初期における摘発事例というだけではなく,事業者が納付を命じられた課徴金が2億円数千万円から40億円!と多額に上ったことで,注目を浴びてしまいました。

優越的地位の濫用のケースにおける課徴金の額は,違反期間中(3年を超える場合は3年を限度とし,平成21年改正独禁法の施行日前の分は含めない。)の対象商品または役務の売上額または購入額の1%に相当する額です(法第20条の6,同法施行令31条)。価格カルテルにおける課徴金と異なり,全業種一律1%で,中小企業に対する減額規定はなく,要件を満たす限り違反にかかる取引全部(複数の取引先がいればその全部かつ全ての取引)が課徴金算定の対象となります。過去3年分の売上額または購入額の1%ですから非常に大きな金額ですね。

 

もし違反行為が発覚し,排除措置命令に加えて課徴金納付命令まで出されてしまうと,是正のための社内対応や課徴金の負担もさることながら,行政処分を受けるような遵法意識の低い会社として,社会や消費者からの信頼は失われ,事業の継続上深刻なダメージを受けてしまうおそれがあります。経営者には株主代表訴訟のリスクもあります。

そのような目にあわないためにも,取引上の地位が劣る相手と継続的に取引をする事業者は,優越的地位の濫用を行わない,現場に行わせないためのコンプライアンス体制の構築が是非とも求められます。

とはいえ,法令遵守にとらわれすぎて取引先との交渉も自由にできないようでは,適正な利潤の確保はおぼつかないですね。

法令遵守と利潤追求。二羽の兎を追わざるを得ないのは現代の企業の宿命といってもよいかもしれません。どこにバランスを求めるか。企業の力量が試されます。

 

(*1)大規模小売業者の納入業者に対する優越的地位の濫用に関しては,公取委は平成21年改正独禁法の施行以前から規制に力を入れており,いわゆる大規模小売業告示(成17年5月13日公取委告示第11号「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法」)において,違法行為の類型化とその周知に努めてきた経緯があります。なお,同告示は,平成21年改正独禁法の施行前から存在し,施行後は,第2条9項6号,第19条及び第72条に基づく「不公正な取引方法」に関する公取委の特殊指定のひとつとして位置づけられることになりました。

 

平成24年4月9日  樽本 哲

職場におけるメンタルヘルス対策
近年、経済・産業構造が変化する中で、仕事や日常生活に関する強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合が高くなっています。また、厚生労働省の発表した自殺やうつ病患者による社会的損失は、平成22年度で約1.7兆円と大きく、その損失は甚大であり、自殺やうつ病対策の問題は、社会的にも重要な問題となっています。
 このような社会状況の中、自律神経失調症を患う被用者に対する産業医の行為が不法行為に該当する場合のあることを認めた注目すべき裁判例が出されました[大阪地方裁判所平成23年10月25日判決/平成22年(ワ)第9240号]。
今後のメンタルヘルス(精神の健康)対策にあたって参考となりますので、ご紹介いたします。

 【事案の概要】
 原告は、財団法人Aに勤務しているが、自律神経失調症により、平成20年6月30日から平成21年4月26日まで休職していた。被告は、原告の勤務先の産業医を務めていた医師である。
 原告は、休職中、2週間に1度のペースでBに通院し、自宅療養をしていたところ、勤務先の上司であるC係長から、産業医による面談を打診され、平成20年11月26日、勤務先近くの喫茶店で、C係長の同席の下、被告と面談した。原告は、当該面談の際に、被告から「それは病気やない、それは甘えなんや。」、「薬を飲まずに頑張れ。」、「こんな状態が続いとったら生きとってもおもんないやろが。」などと詰問口調で非難されるなどしたため、病状が悪化し、このことによって復職時期が遅れるとともに、精神的苦痛を被ったとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告に対し、逸失利益の一部の賠償及び慰謝料の支払を求めた。

 【判旨の概要】
 本判決は、まず、産業医としての被告の注意義務について、「被告は、産業医として勤務している勤務先から、自律神経失調症により休職中の職員との面談を依頼されたのであるから、面談に際し、主治医と同等の注意義務までは負わないものの、産業医として合理的に期待される一般的知見を踏まえて、面談相手である原告の病状の概略を把握し、面談においてその病状を悪化させるような言動を差し控えるべき注意義務を負っていたものと言える」としました。
 その上で、本件について「一般に、うつ病や、ストレスによる適応障害などとの関連性は容易に想起できるのであるから、自律神経失調症の患者に面談する産業医としては、安易な激励や、圧迫的な言動、患者を突き放して自助努力を促すような言動により、患者の病状が悪化する危険性が高いことを知り、そのような言動を避けることが合理的に期待されるものと認められる」とし、原告との面談における被告の言動は、上記の注意義務に反するものであると判示した上で、原告の請求を一部認容しました。

 これまでも産業医自身が安全配慮義務違反又は不法行為に基づく損害賠償請求を求められ裁判になった事例はありましたが、上記の裁判例は、メンタルヘルスに係る事案で産業医が敗訴した初の裁判例です。
 今後も、メンタルヘルスに関する問題は、社内的・社会的にもますます重大な問題となるものと思われます。厚生労働省のHPに職場におけるメンタルヘルスに関する詳細なガイドラインが掲載されていますので、参考にしていただければと思います。

2012年3月2日  弁護士澤田直彦

新・原状回復ガイドライン制定による賃貸実務への影響
 新・原状回復ガイドラインが、平成23年8月に、国土交通省の住宅局から発表されています。原状回復の問題については、賃貸住宅においても、オフィスビルにおいても、賃貸借における永遠のテーマとなっています。しかも、特に最近は、敷引問題について最高裁において判決が出されるなど、注目度も高くなっています。

 原状回復の問題は、消費者保護という社会潮流の中で理解することが不可欠です。平成12年に消費者保護法が成立したのをはじめとし、これまでの間、消費者関連法が進展し、平成21年には消費者庁が発足しました。今後、社会全体が消費者の視点に立った考え方に転換していくことは明らかであり、消費者保護を前提としない事業者は、淘汰されていくと思われます。原状回復ガイドラインは、こうした社会潮流の中から登場したものであり、今回の改訂も、また同じです。

 原状回復ガイドラインは、通常損耗は賃料に含まれており、原状回復の範囲外であることを大前提として、原状回復問題を、賃貸借の出口(退去時)の問題として捉えるのではなく、入口(入居時)の問題と捉え直すことにより、契約関係を透明化しようとするものです。契約関係の透明化は消費者保護に資するものであり、消費者保護を大前提に、どのような保護の在り方が望ましいのかという視点から、原状回復の問題をとらえなければなりません。このことが、最終的には事業者の利益にも通じることを理解する必要があります。

 原状回復ガイドラインの内容は、基本的にオフィスビル賃貸借についてもあてはまりますが、オフィスビルにおいては、賃貸住宅と違い、事務所、ショールーム、教室など、様々な使い方が考えられます。そのため、貸し方も様々になるのはいわば当然で、オフィスビル賃貸借においては、契約自由の原則により、原状回復について様々な特約が認められています。経年劣化、通常損耗についても、原状回復の対象として定めていることも多く、オフィスビルにおいて、賃貸当時の状況にまで戻す特約の有効性が問題とされた事例において、東京高裁平成12年12月27日判決(判例タイムズ1095号176頁)は、その特約の効力を認めています。

 いずれにせよ、後のトラブル防止のため、入居に際して、「原状回復」の基準となる「原状」とは何か、つまり、原状回復の基準を予め詳細に定めておく重要性は、賃貸住宅でもオフィスビルでも違いがないということになります。
 今後、賃貸住宅においても、オフィスビルに置いても、新原状回復ガイドラインに沿って実務が運用されていくことが予想されます。これを機に、ガイドラインに沿った賃貸借契約書の見直しをぜひご検討ください。

2011年1月19日 弁護士 町田裕紀

建物の区分所有等に関する法律59条1項に基づく競売の請求の法的性質
 今回は建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)59条1項に基づく競売の請求に関して、最高裁判所の判断(平成23年10月11日第三小法廷決定)がでましたので、ご紹介したいと思います。

 本件は、区分所有建物(以下「本件建物」といいます。)の所有権者が、管理組合法人に対して、多額の管理費等を滞納していたため、管理組合法人に指定された者が区分所有法59条1項による本件建物の競売請求の訴を提起してその認容判決を得た後に、その判決確定前に当該区分所有者が本件建物の共有持分の5分の4を第三者に譲渡したため、管理組合法人側が前所有者と併せて当該第三者に対しても競売の申立てをした事案です。
 これに対し、最高裁判所は、「建物の区分所有等に関する法律59条1項の競売の請求は,特定の区分所有者が,区分所有者の共同の利益に反する行為をし,又はその行為をするおそれがあることを原因として認められるものであるから,同項に基づく訴訟の口頭弁論終結後に被告であった区分所有者がその区分所有権及び敷地利用権を譲渡した場合に,その譲受人に対し同訴訟の判決に基づいて競売を申し立てることはできないと解すべきである。」と判示して、競売申立て却下する原決定を維持しました。

◆平成23年(ク)第166号最高裁判所第3小法廷平成23年10月11日決定
(上記の裁判所のウェブサイトで判決全文を入手できます。)

 最高裁判所の決定は、従来の通説的見解にも沿っていますが、この最高裁判所の決定を前提とすれば、区分所有法59条1項の競売の請求をしても、対象となる区分所有建物の共有持分の一部でも第三者に譲渡されれば、少なくても当該共有持分については容易に競売を回避されてしまうため、今後、管理組合側としては、競売の請求に先立ち、区分所有建物につき処分禁止の仮処分の申立て等の対策を検討する必要性が出てくると思います。

[区分所有法の参考条文]

(共同の利益に反する行為の停止等の請求)
第五十七条  区分所有者が第六条第一項に規定する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合には、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、区分所有者の共同の利益のため、その行為を停止し、その行為の結果を除去し、又はその行為を予防するため必要な措置を執ることを請求することができる。
2  前項の規定に基づき訴訟を提起するには、集会の決議によらなければならない。
3  管理者又は集会において指定された区分所有者は、集会の決議により、第一項の他の区分所有者の全員のために、前項に規定する訴訟を提起することができる。

(区分所有権の競売の請求)
第五十九条  第五十七条第一項に規定する場合において、第六条第一項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、他の方法によつてはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるときは、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、集会の決議に基づき、訴えをもつて、当該行為に係る区分所有者の区分所有権及び敷地利用権の競売を請求することができる。

2011年12月15日 弁護士 廣江信行

続・金融ADR(為替デリバティブ取引を題材に)
 為替デリバティブ取引契約は、為替リスクをヘッジするための商品として、銀行や証券会社が主に輸入取引で安定的に利益を出している優良企業を対象に大量に販売していました。その企業数だけで1万件を超えるほどです。

 これらの企業のなかには、過去にデリバティブ取引の経験はおろか、短期の為替予約取引すら経験したことのない企業も相当数含まれており、企業側が為替変動のリスクをどこまで把握していたのか、また、金融機関側も当該企業の実情をどこまで把握して取引の提案をしたのか疑問のあるケースも多く、そのようなケースは、金融ADRや訴訟に持ち込まれた後、金融機関側が解約清算金の一部を負担する内容での和解が多数成立しています(全銀協やFINMACのウェブサイトには,為替デリバティブ取引契約に関する紛争解決事例が掲載されているので参考にしてみてください。)。

 オプションを売買する為替デリバティブ取引には、プレーンバニラ(チョコなどの混ざりモノのないアイスクリームのように,純粋な商品という意味)と呼ばれる単純な商品(取引の時期及び回数と予約レートのみを合意してオプションの取引をしていくもの)から、予約レートを引き下げる替わりに、特約で円高時における企業の外貨買い取り額を2倍、3倍にするものや、買取り価格にギャップを設けて円高時の企業の支払額を膨らませるものまで、多種多様な商品があります。それらは、取引相手の企業の実情やニーズにあわせて設計されていれば、為替変動リスクに対する有効なヘッジ取引になり得るものかもしれませんが、結果的に、企業にとって過大なリスクを負担させていると思われる取引も少なくありません。

 また、このような特約のないフラットな契約であっても、長期間にわたって予め固定したレートで数十回も外貨と円の売買をすることを予約すること自体、経営基盤の不安定な中小企業にとってはひとつのリスクにほかなりません。それにもかかわらず、この手の為替デリバティブ取引は、原則として企業からの中途解約は認められていません。損失拡大防止のため取引から離脱する機会が制限されているのです。金融機関が任意に中途解約に応じる場合には解約清算金が発生することになっていますが、その算出方法は開示されませんので、適正さの検証はできないのが実情です。

 このように、為替デリバティブ取引には、金融取引に対する知識経験が十分とはいえない中小企業を対象として金融機関が大量に販売するにはふさわしくない要素が多く含まれており、控え目に言っても取引相手を慎重に選ばなければならない金融商品であることは間違いありません。

 金融ADRによって為替デリバティブ取引による損失に苦しむ企業が救われるのは喜ぶべきことですが、過去の解決事例を見聴きする限り、為替デリバティブ取引自体に内在する危険性や金融機関の説明義務違反の有無についてつっこんだ議論がなされるのはまれで、金融機関の契約提案時における企業の為替リスクのヘッジニーズの調査が十分だったと言えるか、企業が損失の負担に耐えられない規模の取引ではなかったかという点のみクローズアップされて、和解のあっせんがなされているのが実情のようです。

 金融ADRでは、あっせん委員が関係者の事情聴取や提出された資料を調査することはできますが、裁判所のように証拠調べに基づく争点の判断はできないという制約があるため、紛争解決方法にもおのずと限界があるのです。

 為替デリバティブ取引自体の危険性や説明義務違反の有無を本当の意味で争うには、現状では訴訟を選択するしかありません。過去の事例を見る限り、金融ADRではよほどの事情がない限り、過去に実現した損失を取り戻せる可能性はほとんどありません。

 とはいえ、預金や融資の取引を行っている銀行等の金融機関相手に訴訟ができる企業は限られています。取引のある金融機関と好んで訴訟をする企業はいませんし、為替差損で苦しいのに訴訟追行に多額の時間と費用をかけられる余裕のある企業は少ないでしょう。そういった意味では、訴訟ほど金融機関と敵対せずに済み、結論が得られるまでの期間が短く(概ね半年程度が目安)、手数料も僅少もしくは無料の金融ADRは、企業にとって使い勝手がよい手続といえ、新規申立件数が伸びている理由もこのあたりにあると推測されます。

 訴訟と金融ADR、または他の紛争解決方法(裁判所の調停や弁護士会など他の機関のADRなど)のいずれを選択し、また選択できるかについては、企業の置かれた状況に応じた慎重な検討が求められます。最近は為替デリバティブや金融ADRについて解説した雑誌や専門書も増えてきました。心当たりのある企業は、手遅れにならないうちに検討を始めてはいかがでしょうか。

 なお、全銀協の金融ADRは、上記の為替デリバティブ取引のような金融機関との金融商品の取引にかかる紛争だけでなく、預金取引、融資取引とこれに伴う連帯保証契約といった本来の銀行業務にかかる紛争についても広くあっせんの申立を受け付けています。これらの取引でお困りの方は、訴訟に代替する紛争解決手段としての利用を考えてみてください。

2011年11月20日 樽本 哲

金融ADR(指定紛争解決機関制度)
 金融機関との紛争解決手続としての金融ADR(指定紛争解決機関制度)の利用件数が急増しています。訴訟よりも迅速・安価に紛争解決ができる可能性のある手続としての認知が広まってきた証拠でしょうか。

 平成21年の金融商品取引法等の一部を改正する法律によって、同法を含む16の法律に指定紛争解決機関制度が盛り込まれ、法改正以前から業界団体が業態ごとに運営していた苦情相談の受付業務に紛争解決のためのあっせん等の業務が加わるなどして、多数の金融ADR機関が誕生しました。

 数ある金融ADR機関のなかで、一般企業や個人が利用する可能性の高いADR機関は、一般社団法人全国銀行協会のあっせん委員会、特定非営利活動法人証券・金融商品あっせん相談センター(FINMAC)、社団法人生命保険協会の裁定審査会、そして社団法人日本損害保険協会のそんぽADRセンターでしょう。

 金融ADRが提供する紛争解決手段(alternative dispute resolution)は、和解のあっせんが中心であり、裁判所による訴訟・仲裁機関による仲裁とは異なり当事者を拘束する力がありません。弁護士や学識経験者等からなるあっせん委員が当事者双方から事情を聞いたうえで和解案を提示しますが、当事者がこの和解提案を受け入れるかどうかは任意です。しかし、各機関がウェブサイト等で公表する紛争解決の実績データや解決事例を見ていると、多くの申立事件で和解が成立し、解決に至っていることがわかります。

 全銀協のあっせん委員会を例にとって、近時の金融ADRの動向を少しだけ紹介します。全銀協は平成22年10月1日から指定紛争解決機関としての業務運営を開始しました。あっせん委員会は、弁護士、学識経験者、消費者問題専門家、全銀協役職員等から構成されています。当初は東京のみであっせん手続を行っていましたが、現在は活動拠点を東京、大阪、名古屋の3拠点に増やし、今後も拡大していく予定だそうです(この点FINMACは全国50箇所であっせん手続の利用が可能です)。
 金融ADRとしての指定を受けて以来、新規の申立件数はうなぎ登りで、全銀協の発表によると、平成22年第3四半期は98件(前年同期16件)、同年第4四半期は156件(同34件)、平成23年第1四半期は201件(同36件)のあっせんの申立がありました。なかでも目立つのはデリバティブ取引に関する事件で新規申立件数の実に5割超を占めています。

 デリバティブ取引に関する紛争が増加している背景には、通貨オプション取引をはじめとする為替デリバティブ取引契約による損失の拡大があげられます。金融庁が平成23年3月に公表した平成16年度以降に販売された中小企業向け為替デリバティブ取引契約(米ドル/円)に関する銀行(121行)に対する平成22年9月30日時点の状況の聞取り調査結果によれば、全販売契約数63,700件で、そのうち残存件数は40,500件、通算損失は1,400億円に上っていました。
 平成22年9月30日の時点でこの結果ですから、さらに円高ドル安が進んだ現在においては、1兆円を超える損失が発生していても不思議ではありません。ユーロ/円などの取引契約を含めると、件数、損失額ともこれをさらに上回る規模になります。
 帝国データバンクなどの情報サービス会社のニュースリリースによれば、近時、円高による倒産や破たん事例が急増しており、かなりの部分は為替デリバティブ損失が主たる原因ということです。憂慮を通り越して、なんとしても救済が図られるべき事態と言えるのではないでしょうか。

 さて、今回はこの程度にして、次回も為替デリバティブ取引契約を題材にもう少し金融ADRのお話をしたいと思います。

2011年11月18日 弁護士 樽本 哲

説明義務違反に基づく債務不履行責任
 今回は、講学上、「契約締結上の過失」といわれる論点に関する興味深い新判例をご紹介します。

 投資商品の勧誘や出資の募集などの契約締結前の交渉過程において、売り手が十分な説明をしなかったために、契約者が多額の損害を被ったとしてトラブルになることがあります。

 信用協同組合による出資者に対する出資契約締結前の説明義務違反が問われた民事裁判で、最高裁は以下のとおり注目すべき判断を下しました[平成20(受)1940号最高裁判所第二小法廷平成23年04月22日判決、以下「本判決」といいます]。

【本判決の事案の概要】

 個人ら(Xら)が信用協同組合であるYに対して平成11年3月に各500万円の出資をしたところ、Yが上記各出資の約1年9か月後である平成12年12月に経営が破綻した。YがXらに出資を勧誘した時点で、Yは債務超過の状態にありYの代表理事らは、このことを十分に認識し得たにもかかわらず、そのことをXらに説明しないままXらに出資するよう勧誘させた。

 Xらは、Yに対し、出資勧誘の際の説明義務違反等を主張して,主位的には不法行為による損害賠償請求権又は出資契約の詐欺取消し若しくは錯誤無効を理由とする不当利得返還請求権に基づき,予備的には出資契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,出資金相当額及び遅延損害金の支払を求めた。

 主位的請求は原審で棄却されたが、上訴の対象とはならず、原審が認容した予備的請求である債務不履行に基づく損害賠償請求の当否のみ最高裁で争われる形になった。

【判旨】

 契約の一方当事者が当該契約の締結に先立ち、説明義務に違反して、当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼす情報を相手方に提供しなかった場合には、上記一方当事者は、不法行為による賠償責任を負うことがあるものの、当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはない。

 本判決は、契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼす情報に関する説明義務違反により、契約者が契約を締結するか否かに関する判断を誤って契約を締結してしまい、それによって損害を被ったという限定された事案について、このようにして締結された契約は説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって、先行する説明義務違反をもって当該契約に基づいて生じた義務と捉えることはできないとして、当該締結された契約の債務不履行に基づく損害賠償責任を否定したものであり、講学上、「契約締結上の過失」といわれているもの一般についての責任の法的性質について最高裁の判断を示したものではありません。

 しかし、不法行為の事実の立証はハードルが高いうえ、不法行為に基づく損害賠償請求権は3年の消滅時効にかかりますので、同様のケースでは契約上の義務違反としての債務不履行責任を一切問えないということになると、争う側としては訴訟の準備や戦い方に工夫が求められそうです。

 そのような意味で、本判決は実務上大きな意義があるものとなりますので、ご紹介いたしました。皆様の参考になれば幸いです。

 

2011年10月21日 弁護士 澤田直彦

震災と建物賃貸借
 今回は、震災と建物賃貸借の問題について考察してみたいと思います。

 東日本大震災は、私がこれまでに経験した中で最も激しい揺れでしたが、気象庁のHPをみますと、マグニチュード7クラスの地震は、過去10数年の間にかなりの回数発生しており、自らが直接被災することは稀であっても、全国的にみると、毎年のように大地震が発生しています。全国に支店展開している企業や、全国にビルを所有している企業にとって、ビル賃貸借の問題をどのように処理していくかは重要な課題であると言えます。

 たとえば、建物が震災により大きな被害を受けて建物への立ち入りすらできないような場合を考えてみます。
 賃借人は、震災発生と同時に建物が滅失し賃貸借契約が終了したとして、敷金全額の返還請求をしてくるでしょう。これに対し、賃貸人は、建物が滅失しておらず賃貸借が終了していないこと、解除通知を受け取っていないこと(混乱が収まった数か月後に受領したこと)、また、明渡し及び原状回復が未了であることを理由に、相当額の未払賃料または賃料相当損害金を預かり敷金から控除しようとします。建物を失った挙句、全賃借人から一斉に敷金返還請求を受ける賃貸人の立場からすれば、少しでも返還額を少なくしたいと思う心情は十分理解できます。
 ここに、①建物滅失により賃貸借契約が終了したかどうか、また、仮に建物滅失により賃貸借契約が終了したとして、②明渡未了の場合に賃料相当損害金が発生するかどうかが問題となります。

 まず、建物が全部滅失した場合には、解除通知なくとも当然に賃貸借契約が終了するとするのが最高裁の立場です(最高裁昭和32年12月3日判決、最高裁昭和42年6月22日判決参照)。
 そして、建物が滅失したかどうかは、修復が物理的に可能かどうかのみならず、修復することが経済的にみて合理的かどうかも加味されて判断します。大阪高裁平成7年12月20日判決は、賃貸用居住建物としての社会経済上の効用を喪失し、阪神淡路大震災が発生した1月17日に建物が滅失したと認定し、その時点での賃貸借契約の終了を認めました。

 もっとも、震災と同時に賃貸借が終了したとしても、家財道具等を搬出しておらず明渡しが未了である場合、明渡完了までの期間、賃料相当損害金を支払わなければならないのかがさらに問題となります。
 しかし、これについては、前掲の大阪高裁平成7年12月20日判決は、建物自体が危険な状態にあり、家財道具類の搬出は事実上不可能であったから、居室は居住目的のほか家財道具類の保管場所として使用することもできない状態にあったのだから、賃貸人には賃料相当の損害を被ったとはいえないとし、賃貸人が、建物取り壊しまでの間の賃料相当損害金を敷金から控除することを否定しました。

 なお、賃貸借終了時に一定金額を敷金から当然に控除する特約(いわゆる敷引特約)についても、特段の事情がない限り、震災による倒壊で賃貸借が終了した場合には適用されないとするのが最高裁の立場です(最高裁平成10年9月3日判決、但し居住用賃貸借の事例)。

 そうすると、結局、賃貸人は、賃借人からの敷金返還請求に対し、ほぼ満額を返還しなければならないことになります。

 賃貸人は、建物を失っただけではなく、ビルやマンションの全賃借人から一斉に敷金返還請求を受け、これに応じざるを得ないのです。この結論は、賃貸人には酷なようにも思われますが、元々、賃貸人は所有のリスクを負っていたこと、敷金は預り金であることを踏まえれば、やむを得ない面もあります。
 震災においてはすべての方が被害者になるのですから、非常に悩みの深い問題ではありますが、今回のブログを何らかの問題解決にお役立ていただければ幸いです。

2011年9月15日 弁護士 町田裕紀

欠陥マンションを建築した建設業者・設計者の不法行為責任
前回に引き続き建設・不動産関係の最新の判例をご紹介したいと思います。
平成23年7月21日、欠陥マンションを建築した建設業者・設計者の不法行為責任に関する最高裁判所判決が下されました。
この事件(いわゆる別府マンション事件)については、既に平成19年7月6日に最高裁判所の判決(第1次上告審)が下されていますが、今回は、その差し戻し後の第2次上告審になります。
本判決は、あまり報道されていませんが、請負契約の当事者ではない建物所有者からの建設業者・設計者に対する不法行為責任の追及ができる場合の具体例を列挙したほか、請負契約の当事者ではない、利用者や通行人等からの不法行為責任の追及を示唆した点でも画期的だと思われます(建設業者に対する瑕疵担保責任の追及は請負契約の当事者でないとできないのが原則なので、分譲マンションを取得した方はなかなか請負業者・設計者に対する責任追及が難しいという事情がありました)。

◆平成21(受)1019号最高裁判所第一小法廷平成23年7月21日判決
 (上記の裁判所のウェブサイトで判決全文を入手できます。)

1.第1次上告審
第1次上告事件では、最高裁判所は、「建物の建築に携わる設計者、施工者らは、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者らに対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負っている。」と判示して、建設業者・設計者の不法行為責任が認められる場合があるとして、福岡高等裁判所に差し戻しました。

2.差戻審(福岡高等裁判所)
差戻審は、「建物の基本的な安全性を欠く瑕疵とは、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいう」として、不法行為の範囲を制限的に解釈して、建物所有者側の請求を棄却する旨の判断をしました。

3.第2次上告審
これに対する第2次上告審ですが、「第1次上告審判決にいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい、建物の瑕疵が、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず、当該瑕疵の性質に鑑み、これを放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には、当該瑕疵は、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当すると解するのが相当である」として、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」を「現実的な危険性を生じさせる瑕疵」に限定しない旨判示した上、福岡高等裁判所に差し戻しました。
なお、この最高裁判所の判決では、このように不法行為の成立範囲を拡げた(限定しなかった)という点以外にも、以下の①~③の3つに分類して、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵の具体例を挙げて、解釈を明確化している点で、特に注目すべきと思われます。

①建物の構造耐力に関わる瑕疵
当該瑕疵を放置した場合に、鉄筋の腐食、劣化、コンクリートの耐力低下等を引き起こし、ひいては建物の全部又は一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵
→建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当する。

②建物の構造耐力に関わらない瑕疵
建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても、これを放置した場合に、例えば、外壁が剥落して通行人の上に落下したり、開口部、ベランダ、階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや、漏水、有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるとき
→建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当する。

③建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵
 →建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当しない。

2011年8月23日 弁護士 廣江信行

居住用建物の賃貸借契約における更新料
 赤坂シティ法律事務所もブログを始めることになりました。事務所に所属する弁護士が順番に執筆を担当します。
 早速ですが,つい先日,最高裁で不動産法務に関わる者すべてが注目していた重要判決が言い渡されましたので,紹介することにいたします。
◆平成22年(オ)第863号最高裁判所第二小法廷平成23年7月15日判決
 (上記の裁判所のウェブサイトで判決全文を入手できます。) 本件の事案は,居住用建物を上告人から賃借した被上告人が,更新料の支払を約する条項(更新料条項)は消費者契約法10条(又は借地借家法30条により)無効であると主張して,上告人に対し,支払済みの更新料の返還等を求めるものです(上告人も被上告人に対して未払の更新料の支払いを請求しており,両者の請求が併合審理されました。)。

 居住用建物の更新料条項を巡っては,近年,下級審において,消費者契約法10条により無効とする判決が出されたことで,実務上の混乱を生じており,最高裁の統一的な判断が待たれていたところでした。

 最高裁は,本判決において,消費者契約法10条が消費者契約の条項を無効とする一般的な要件論のほか,更新料条項の経済的合理性,一定の地域における従来の更新料の支払例,及び過去の裁判実務における更新料の取扱等に言及したうえで,①更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載されること,②更新料の額が過度に高額ではないこと,の2つの条件を満たす更新料条項は,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には該当しない(無効とはならない)との初の判断を下しました。

 判決のケースでは,賃貸借契約が更新される期間を1年間とし,更新料の額を賃料(月額3万8000円)の2か月分ということが契約書に(一義的かつ具体的に)記載されていました。最高裁は,この程度の更新料であれば「高額に過ぎる」とはいえないと考えていることになります。
 とはいえ,これはあくまでもこの判決,この事案での判断ですから,居住用建物の賃貸借契約全般に普遍的に妥当すると考えることはできません。どの程度の更新期間につき,いくらまでであれば過度に高額な更新料ではないのか,今後の研究と事例の集積が待たれるところです。

 他方,本判決は,更新料条項が消費者契約法10条により無効とならないための条件として,更新料条項が契約書に一義的かつ具体的に記載されていることを求めていますので,不動産賃貸業者としては,今後はより一層,契約書の記載内容についても留意したいところです。

 今後も当事務所の業務に関わりのある注目判例には極力コメントしていきたいと思います。
 それではまた次回,このブログにて。

2011年7月20日 弁護士 樽本 哲

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